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【動画】信州松本 公式観光サイト [新まつもと物語] の半日観光コース 松本観光 街歩き編を地元民が巡ってみた!

まつもとTUBE18本目、松本市の公式観光サイト「新まつもと物語」の おすすめコースのページに載っている、街エリアを徒歩で巡る「松本駅から半日コース180分」を、実際に松本生まれ松本在住の地元民が回ってきた様子です。


今回の出演は初登場の「ひとみ」。前半はカメラを見るのを忘れてますが・・・なんとかなりました。
観光コースに則って、以下のように回っています。

松本駅
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フレッシュベーカリームラタ
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松本郵便局発祥の地
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深志神社
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まつもと市民芸術館
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源智の井戸
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中町通り(はかり資料館)
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ナワテ通り

フレッシュベーカリームラタ

電車通学とかしていない限り、基本車移動の松本市民。こういう位置の店舗はなじみにかなり差がありそうです。

とはいえ、乗降客数も多い松本駅前にある老舗ということで、何度か利用したこともあるところ。ただ食べた記憶はほとんどなかったのですが、今回食べた「ブリオッシュ」はかなり美味しかったです!

松本郵便局発祥の地

地元民でも知らない人が多い?のではないかと思うけど、コースでおすすめしていた事で興味がわきました。
明治5年に松本で初めて郵便局が設置された場所で、東京までの切手代が2銭(所説ありますが、現在だと400円ほど)で、所要日数は6日だったとのこと。官営郵便が明治4年に始まったその翌年に、松本でも始まったのは早いなと感じました。

碑には以下のように記されています。

      松本郵便局発祥の地
 現在地は 松本に初めて郵便局が設置された問屋倉科屋敷跡である
 明治の世となり それまで飛脚仲間によって運ばれていた信書を より速くより確実に送達するため官営の郵便制度が定められ 全国ネット が組織された
 明治五年(1872)七月一日 「松本郵便役所」が松本本町五丁目百九十一番の倉科七郎宅に設けられて取扱いが始まった これが松本における 郵便局の初めである 切手をはって「書状集箱」(原型は木製)へ投かんされた手紙は ブロンズ像のようないでたちの「脚夫」が 郵便行李を肩に定められた線路にしたがって脚力で逓送する 後には軽快に作られた枠車に積んで走る人車送や馬車送もあった 明治六年の資料によれば松本から東京まで書状一通の切手代は二銭(七五グラムまで) 所用日数は六日であった
 初代の松本郵便役所取扱人(局長)となった倉科氏は 天正年代から江戸時代を通じて問屋職兼本町の大名主を勤めた家柄で 町役人の筆頭として城下町を差配した 家屋敷は町人地随一を誇る大構で二十七間間口と広くまた 少し南の「袖留橋」際には維新前まで松本藩の高札場があった。本町五丁目は「善光寺街道」と呼ばれる往還で 旅人や荷馬 荷牛が賑わう目抜き通りであった 松本市は昭和六十二年四月全国に先駆けて「郵トピア構想モデル都市」に指定された
そこで「松本郵便局発祥の地」を顕彰し記念とした
   平成二年四月二十日

なお、長野では同じ明治五年七月一日に「善光寺郵便取扱所」が開設しています。また、伊那には明治六年に郵便が始まった事を記す「伊那郵便局発祥の地」の石碑があるそうです。

深志神社

松本郵便発祥の地がある交差点から、東に入る小路が「天神小路」。ここのつきあたりにあるのが天神様こと「深志神社」です。
神社としてもそうですが、ここはドラマや映画などの舞台やロケ地としても様々な作品に登場していることで、多くの「聖地巡り」の方が訪れる場所となっています。
深志神社については、松本平の御朱印巡りの動画を企画しているので、またその際に詳しくお伝えしたいともいます。

まつもと市民芸術館

ここはセイジオザワ松本フェスティバル(旧サイトウキネンフェスティバル)の主会場となっているホールで、そのほかに平成中村座などの歌舞伎や各種コンサート・ライブ・演劇などが行われる劇場です。

1800人収容の主ホールのほか、奥行きを広くとられた主ホールのステージ奥にある実験劇場や小ホール、オープンスタジオなども備えていて、3階屋上にあるトップガーデンは一般開放されており、誰でもくつろげる芝生とライラックの公園になっています。

2月なのでまだまだ芝生はこんな感じですが、青々と茂った芝生の上でピクニックのようにくつろげる場所になっています。

動画内でふれた、スペイン・カタルーニャのチェロ奏者 パブロ・カザルス像についてですが、この像は元々芸術館ができる以前の市民会館前の公園にあったものでした。パブロ・カザルスはチェロ奏者としてのほか、スペイン内戦によるフランス亡命以降平和活動家としても活動し、1971年には国連本部で演奏会を行い、国連平和賞が授与されています。

まつもと市民芸術館のすぐ東となりに、スズキメソードという音楽教育を行っている才能教育研究会の本部があります。日本よりも欧米でその活動は広く認められ、長年音楽教育に寄与したことで、創設者である鈴木鎮一氏は松本市の名誉市民にもなっています。その鈴木鎮一氏と親交のあったのが、パブロ・カザルスです。1961年に来日した際、スズキメソードで学ぶ400人の児童の演奏を聴き「世界は音楽で救われるだろう」と言葉を残しているそうです。

この胸像は、鈴木氏の発案で1978年にこの地にあった公園に建てられたものでした。その後このまつもと市民芸術館が建てられた際に、ここのトップガーデンへ移設され、今に至ります。

源智の井戸

まつもと市民芸術館から北へ5分ほど歩くと着くのが「源智の井戸」。ここは多くの方が水を汲みに来る湧き水で、この日もかわるがわるボトルを手にした人が訪れていました。

松本は扇状地が重なる地形でもあり、市街地に多くの湧き水・井戸があって、湧水群が平成の名水百選に選出されています。ここの源智の井戸を含めた水巡りをした動画も掲載していますので、ぜひそちらもご覧ください。

中町通り・縄手通り

ここからは松本の代表的な観光通りをふたつ。まずは中町通りです。

昔からの蔵作りなどの建物で営業を続けている店と、それらをリノベーションした新しい飲食店などが連なり、休日になると多くの観光客でにぎわう通りです。途中にある「はかり資料館」がオススメコースに載っていますが、寄るのは次回にさせていただきました。

もう一つの「縄手通り」は、かつては四柱神社側にも松本城の総堀があって、水に挟まれた縄のようなまっすぐの土手通りということで、名前が付けられたそうです。その後明治に総堀は埋め立てられて四柱神社が建てられるなど、大きく様相が変わりました。

その後四柱神社の参道・仲見世通りとしての役割となり、また戦後はバラックやテントも増えて活気のある通りとなったそうです。

中町通りと縄手通りは、今後それぞれをジックリと巡る準備をしていますので、その際にまた詳しくお伝えしますね!

それではまた!

この動画はこちらからもご覧いただけます。

信州松本 公式観光サイト [新まつもと物語] の半日観光コース 松本観光 街歩き編を地元民が巡ってみた!

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